Airbnbには、人生と夢がつまっている ~ 日本人ホストが語るAirbnbの楽しみ方 ~
2007年秋のある週末、デザインカンファレンスが開催されていたサンフランシスコの宿泊施設は満室。そんなとき、ブライアン・チェスキーとジョー・ゲビアが家賃を払うために、ラウシュ・ストリートにあるアパートメントの一室を開放したのがAirbnbの始まりです。その後すぐにネイト・ブレチャージクが加わってAirbnbは誕生しました。
スタートした当初から、Airbnbの中心にあるのはゲストを迎え入れるホストの存在です。最初はたった2人だったホストは現在、世界中で400万人もの規模にまで増え、ホームシェアリングを楽しみ、ビジネスとして活用しています。この記事では、日本各地で活躍する3人のホストを紹介。ホストを始めたきっかけや、ホスティングが人生にどんなきらめきを与えたかなど、それぞれのストーリーを語っていただきました。
【Senior host】
Case1:普段の暮らしを最高のおもてなしに
Norishico さん(福岡)
上場企業を50歳で早期退職したNorishicoさん。バックパッカーとして3年間、海外を放浪した後、福岡県に戻りました。そこには、両親が他界した後に空き家となっていた生家が手付かずのまま残されていました。「僕はバイクが好きで、北海道でツーリング旅行をしたことがあるんです。旅先でお世話になったのがライダーハウス。1000円くらいで泊まれて、夜になるとみんなで集まって食事したり、お酒を飲んだりしながらワイワイ盛り上がって、すごく楽しかった。そんな宿ができたらいいなと思って、実家でゲストハウスを始めることにしました」(Norishicoさん)
当時、周辺には宿がなかったこともNorishikoさんの開業を後押ししました。両親の遺品を整理し、掃除をしてエアコンを設置。ベッドなどを手作りして、男女兼用6人用ドミトリー、女性2名用ドミトリーがあっという間に完成。2015年11月にnorishiko auto gesthouse を開業しました。「今風のリノベーションはせず、ガレージやバルコニー、机なども全部手作りしました。なにせ実家なので、自分の好きなように改装できるんです。とくにすごい施設じゃないけど、よかったら遊びにきてよ、というのが僕のスタイル」(Norishikoさん)
ゲストは通常、夕方ごろに到着。Norishicoさんの案内で近所のスーパーマーケットに買い出しに行ったり、一緒に料理や夕食を楽しんだりします。複数のゲストがいるときは、Norishikoさんを中心に、初めて出会った人どうしがコミュニケーションをとりながらパーティのようになることも。「ゲストの半数は外国人で、その多くが韓国人です。一緒に食卓を囲むと、国籍を超えて友達になれます。僕の友人も増えるし、ゲスト同士の友達の輪が広がるのもうれしいですね」(Norishicoさん)
翌日、Norishicoさんに余裕があれば、近所の温泉や太宰府を案内することも。そんなスペシャルサービスの中で意外にも一番喜ばれたのは、Norishicoさんの両親のお墓参りでした。「外国人は、『日本の墓地は、墓石が狭い間隔で立っていて、マンションみたいだ』って珍しがります。たしかに墓地はとてもローカルな場所だし、地元の人の案内がないと行けないから面白いのかもしれませんね」(Norishicoさん)。こうした経験はゲストにとって貴重な思い出となり、旅の後も交流が続くことも多いそうです。2019年1月にNorishicoさんが韓国旅行をしたときは、以前自分のリスティングに宿泊してもらったゲストにあちこちを案内してもらい、たくさんごちそうになったとか。
自分の生活の中に入ってきた人と、生活を分かち合う。Norishicoさんにしかできないおもてなしは、素顔の日本人を知ってもらうよいきっかけになっています。
【Young Host/Artist】
Case2:アーティストが宿泊し、暮らせる家を作りたい
Yushiさん(愛媛)
現代美術家として、ニューヨークと上海を拠点に活動するYushiさん。1995年生まれの22歳という若さで、Airbnbのホストになりました。リスティングは文化財級の日本家屋。そこは約150年前にYushiさんの祖先である旧藩主が建てたという由緒ある家屋で、ここ20年ほど空き家となっていたものをYushiさんが購入。リノベーションして2018年6月からゲストハウスとして活用しています。
「ベネツィアのビエンナーレ国際美術展に行った時に初めてAirbnbを利用しました。そのホストは画家で、アーティスト同士として話がすごく盛り上がったんです。そのとき、ホスティングはアーティストにとって魅力ある仕事だと気付きました。僕らはフリーランスなので時間の自由がきくし、創作活動の資金源が確保できる。しかも、日本で社会問題になっている空き家の有効活用にもつながります」(Yushiさん)
ほとんど廃墟と化していた日本家屋をリノベーションするにあたり、Yushiさんはアーティストとして個性を表現するより、伝統を大切にすることを選びました。「文化的強度のある建物に手を入れることには、かなりのプレッシャーがありました。でも、あまりに田舎くさすぎたり、慣れない床での生活を強いたりすると外国人は宿泊しにくいので、ベッドやトイレの設備は整えつつ、日本らしい美意識を感じさせる建物に仕上げました」(Yushiさん)
Yushiさんの狙いは当たり、完成した新谷(にいや)ゲストハウスには、哲学者、アーティスト、ピアニストやヴァイオリニストなどのミュージシャンが数多く訪れます。「僕自身、旅をするときはアーティストがホストを務めているゲストハウスを選びたいという思いがあります。そのほうが深いコミュニケーションが取れるからです。ここを訪れるゲストもそんなコミュニケーションを期待しているのでは」(Yushiさん)。アメリカから来た家具職人はこのゲストハウスを気に入り、家具を作り、残していきました。
Yushiさんは新谷ゲストハウスを地域のコミュニティにも開放しています。例えば英会話教室として、日中は子供向け、夜は大人向けのクラスを開催しました。2019年の夏には長期滞在したアーティストがトークショーをしたこともあります。将来的には、国内外のアーティストが滞在しながら創作活動を行う「アーティスト・イン・レジデンス」としても活用する予定です。「海外のアーティストも呼び込みたいですが、日本の若いアーティストにも、ぜひここで創作してほしいですね。国際化が急激に進む今、僕らのような若い世代は日本を知らないことに強い不安を抱いているんです。でも、こういう古民家に滞在すれば、例えば『自分は床の間を知っている、縁側のことならわかる』といったように、日本人としての体感に自信が持てる。そういった感覚をバックボーンとして、世界に向かっていってほしいんです」(Yushiさん)
Yushiさんは現在、古民家の近隣にある空き家をもう一棟借り、ゲストハウス用にリノベーションを進めています。アーティストとして、ゲストハウスのオーナーとして、Yushiさんは日本の伝統家屋に新しい風を吹き込み、蘇らせるという仕事に大きな可能性を見出しています。
【Young Host/Female】
Case3:自分の住まいで味わう旅の感覚
Nireiさん(大分)
旅行が大好きで、数年働いてお金が貯まったら旅に出るという生活をしていたNireiさん。インドで数ヶ月ヨガを学び、帰国後は「自然が豊かな場所で暮らしたい」と、湯布院で仕事を見つけました。その家には、旅先で知り合った国内外の友人が始終遊びにきて、1年の3分の2はゲストが滞在する生活。それを知った友人がNireiさんに「ゲストがいる生活がそんなに楽しいなら、いっそゲストハウスにしてしまえば?」と提案。「楽しそう!」と直感的に決断したNireiさんがオープンしたのが「IMI OLA HOUSE」です。温泉付きでゲスト用の広い部屋があるその家は、ホスティングを始めるのにぴったりでした。
ゲストのほとんどは外国人。タイ、マレーシア、シンガポール。中国、台湾などがメインで、Nireiさんは日本語を話さないまま2週間を過ごしたこともあります。まるで毎日、世界旅行をしているような生活。「旅の醍醐味って、いろんな文化に触れて、人と出会って自分の世界が広がることだと思うんです。そんな素晴らしい体験が日常になるなんて最高。自分が旅に出て、Airbnbをきっかけに仲良くなった人と再会して遊んだこともあります」(Nireiさん)
ホストとして心がけているのは、日々の暮らしを大切にすること。箒を使って掃除をし、自分の畑で採れた新鮮な野菜で料理をし、今年になってしいたけ栽培も始めました。「近所の農家さんから野菜や自分で獲った鹿肉をいただくことも多くて、朝食にしたり、バーベキューを楽しんだりしてゲストとシェアしています。湯布院には若い移住者も多いので、いろんな人と知り合いになれて楽しいですよ」(Nireiさん)。
ゲストハウスを始めてみて、旅行者として世界を巡っていた頃よりも濃密な出会いに恵まれるようになったと、Nireiさんは感じています。「ここにきてくれた1人1人が、ゲストというよりも昔からの友達みたいです。自分が旅に出ている間は同じような旅をしている人やお店の人との出会いがどうしても多くなりますけど、ホストをしていると、本当にさまざまな人種や年代、文化的バックグラウンドを持っている人が向こうからやってきて、いろんな話を聞かせてくれる。Airbnbだからこそのそんな出会いが私にとって宝物なんです」(Nireiさん)。
IMI OLA HOUSEがオープンしてから1年2ヶ月(2020年11月現在)、すでに6回もリピートしているゲストもいれば、大量のクリスマス飾りを持ってきて飾り付けまで手伝ってくれたゲストも。中には、Nireiさんにお悩み事を打ち明けた後、涙がこぼれるような素敵な手紙を送ってくれたゲストもいます。「IMI OLAとはハワイ語で『上質な生き方を探す』『最高の人生を求める』といった意味。ここに泊まっている間だけでも、忙しい毎日を忘れて、深い呼吸をしていただけたら幸せです」(Nireiさん)