「変化と不変」をモットーに、挑戦し続ける町工場
田村友紀晃/田村商店専務取締役・田村久美/田村商店広報担当、TEPPENリーダー
段ボールに詰め込まれた金属や、それらを加工する音、地域の子どもを見守る町工場の職人の笑顔。古くから鉄の街として知られる九条の日常には、どこか懐かしくて温かい、下町情緒が残ります。ところが、町工場の数は年々減少。「九条の街も、町工場の未来も明るくしたい」。そんな想いで立ち上がったのが、創業72年を迎えた金物製作の老舗・田村商店です。まるでカフェのようにリノベーションしたオフィスや、アップサイクルブランド「TEPPEN」によるユニークな商品。夫婦二人三脚のチャレンジが、ものづくりの世界に風穴を開けました。
誰もが足を止めてしまう、ちょっと尖った町工場
「ここを新しいカフェやと勘違いしたおばあちゃんがソファに座ってはったり、『田村君のとこ、こんなにキレイになったん!?』と同級生のお母さんに声をかけてもらったり。生まれ変わったオフィスを見て、地域の人たちもみんな驚いてくれていますね」
専務取締役を務める友紀晃さんの祖父がはじめた田村商店は、1951年にボルト製造を生業に創業。現在は橋梁や道路づくりに欠かせない土木建築工事にまつわる金物の製作を中心に、幅広く製造販売を手がけている。
友紀晃さんが家業を継いだのは10年ほど前のこと。田村商店の昔ながらの工場の面影を残しつつも2022年にフルリノベーションしたオフィスは、カフェや雑貨屋と間違えてもおかしくないほど、スタイリッシュに大変身した。
「世間の町工場のイメージって、なんとなく暗くて汚いような、あまりいいものではないと思うんです。近寄りがたい環境で働くのは従業員や家族にもよくない。町工場が大きく変わらなければ、きっとこの産業はダメになってしまうと思いました。かっこいい会社で働いていると誇りを持ってもらえるように、まずは見た目から大きく変えようとしたのがきっかけですね」
とはいえ、「単にキレイになるだけじゃ意味がないんです」と友紀晃さん。培ってきた伝統に敬意を表しながらも新しさを表現するべく、鉄筋加工で出てくる鉄粉でカウンター下の木材を染めたり、外壁には鉄粉入りの塗料を使って今どきのかっこよさを出したり。職人のこだわりをあちこちに散りばめたこのオフィスには、田村商店の歴史と未来が詰まっているように感じた。
ひっそりとした町工場で、職人たちが黙々と作業を続ける。そんな九条の古くからの光景の中で、ひときわ異彩を放つ田村商店。変化はこうした外側だけではない。“町工場らしくない町工場”をさらに大きく進化させたのは、これまでものづくりに携わったことのなかった、異業種出身の久美さんのアイディアだった。
業界の当たり前を覆す、「もったいなくない?」の一言
奈良県生まれで、結婚前は大手食品メーカーでフードアドバイザーをしていたという久美さん。
「当時はSDGsやサステナブルという言葉もメジャーではなかったんですが、まだ食べられるのに廃棄されるフードロスを減らす取り組みもしていました。だから、鉄でも同じようなことができへんかな?と。捨てられてしまう廃材を、インテリア雑貨に生まれ変わらせたらどうやろう?とひらめいたんです」
実は、何千万トンという単位で廃材が生まれるというこの業界。溶かして再利用するためにも膨大なエネルギーが必要だ。業者向けに廃材を販売するオンラインショップを展開してきたものの、会社としてもこの問題には頭を抱えていたそう。
「僕らの業界ではもはや、廃材は捨てるのが当たり前。妻のアイディアは、正直ちょっと難しいんじゃないかなと思いましたが、『たとえ儲けにならなくても、業界に対していい循環が生まれればいいかな…』ぐらいの、軽い気持ちでやってみることにしたんです」と友紀晃さん。
こうして生まれたのが、頂上の“てっぺん”と鉄が変化する“鉄変”の意味をかけた、田村商店の新ブランド「TEPPEN」。業界の当たり前を覆す発想から誕生した新事業は、思いがけず大きな反響を生むことになった。
斬新な発想がヒット!田村商店の新たな一手に
マグネットやお香立て、ハンガーなど、廃材をさまざまな形に変えたTEPPENの商品。特に印象的だったのが、ティッシュ箱に乗せて使うおもりだ。
「子どもを抱きながら片手でティッシュを取ると、箱が飛んでいっちゃうのがストレスだったんですよ」と、ティッシュ箱を固定するための鉄のおもりを考案した久美さん。
「私は絶対にうける!と確信していたんですけど、夫は『鉄に穴を開けただけの商品なんて絶対に手に取ってもらわれへん』と。勝手に売っていこうかなとインスタグラムにアップしてみたら、『どこで買えるんですか?』とたくさんのDMが届いたんです」
「実験的に百貨店のポップアップショップで販売した時も、僕は絶対に売れないと思ってました(笑)。でも実際に手に取ってくださるお客さんを何人も目にして、妻の発想は、この業界に染まった僕にはないものやなと痛感しました。本当にすごいなと思いましたね」と、驚きを振り返る友紀晃さん。
その後も食品サンプルメーカーのパイオニアからのコラボ依頼や、アパレルショップからの問い合わせがあるなど、町工場発の斬新なアイテムは想像以上に好感触だった。
「アイディアが出すぎて抑えられないことが悩みと言ってもいいぐらい、次々にひらめいちゃうんですよね(笑)。形にしてくれるのはベテランの職人さん。これまでにはなかった仕事なので、ちょっと驚きながらも『やったるわ。はよ図面持ってこい』と形にしてくれるんです。職人さんとのコミュニケーションも格段に増えましたね」と、久美さんはうれしそうに話してくれた。
商品の素材からどのようにつくられたのかまで、エピソードが見えること。二人はそれを「ものづくりの旅」と呼び、TEPPENのテーマに掲げた。
かっこいいだけじゃなくて温もりのある商品を、たくさんの人に届けたい。TEPPENの本格始動に向けて、現在はオンラインショップやショールームのオープンに力を入れている最中だ。
また、ちょっと無骨だけど玄人受けしそうな友紀晃さんのアイディアと、みんなの「欲しい!」を形にする久美さんのアイディアを2つのラインに分けて、より多彩なラインアップで提案する構想も練っているそう。いい意味で正反対の二人による今後の展開に、ますます目が離せない。
九条のものづくりカルチャーを世界に発信していきたい
田村商店の活動は、街ぐるみでどんどん輪を大きく広げている。
廃材をスタンプにしてエコバッグをデコレーションするワークショップには、赤ちゃんからお年寄りまで、なんと1日で130人が参加する大きなイベントに。
企画から商品販売までを受け持つ工業高校での出前授業で生徒と一緒につくった作品は、大阪・関西万博で展示することも決まった。
「九条はすごく便利な場所にあるけど、あまり知られていない街。たとえば海外からのゲストが参加できるワークショップを開催したり、お土産感覚で買えるような気軽な商品を販売したりと、わざわざここで電車を降りたくなるような、九条のものづくりカルチャーを世界にも発信していきたいですね」と友紀晃さん。
田村商店のキャッチコピーは、「挑戦し続ける、だから町工場は錆びれない」。人情味あふれるこの街の“心”は変えず、新しいアクションを果敢に起こしている様子を見ていると、ずっとこの場所に根付いていた芽が空に向かってぐんぐん伸びていくような、そんな感覚を覚えた。
モットーは、「変化と不変」。心が豊かになる町工場を目指して、これからも進化を続けていく。
プロフィール
九条で生まれ育った専務取締役の友紀晃さんは鉄鋼系の商社で勤めたのち、人手不足で困っていたという家業を継ぐことに。妻の久美さんは広報としてSNSも積極的に更新中。住居エリアと工場の、「住工共存」を叶える取り組みも意識している。