「おもろい」があふれる、果敢なリノベーションの老舗

谷口琢海/まだがんばらせてください店長松下文子/アートアンドクラフト取締役副社長

暮らしの空間を、心地よくて愛おしいものにしたい。リノベーションを手段にして、これまで数々の理想の住まいを形にしてきたアートアンドクラフト。暮らす人のことを知り、毎日をどんなふうに過ごしたいかを一緒になってとことん考え、依頼主に負けないほどたっぷりの熱量で寄り添うのが独自のスタイル。そうして生まれた住空間は、驚くほど自由で個性豊かです。住まう人の愛が部屋いっぱいに充満したような、唯一無二のリノベーションに込めた想いとは?さらに、建物を解体するリノベーション現場で、行き場を失ってしまった廃材や古い建具にスポットライトを当てたスリフトショップ(※)「まだがんばらせてください」の取り組みについても、話をうかがいました。

※欧米を中心に広く普及している、家具や家電、衣類などさまざまなユーズドアイテムを販売するショップのこと。収益を慈善活動や寄付にあてるなど、社会貢献活動を行うスリフトショップも多い。

古い建物を活かして“その人らしい”暮らしを

今でこそ、住まいの当たり前の選択肢になったリノベーション。小さな設計事務所として1994年にスタートしたアートアンドクラフトが「自分たちが暮らしたいと思える住まい」を探し求めて、リノベーション住宅をリリースしたのは1998年のこと。まさに、リノベーションのパイオニアだ。

「住む人も暮らし方も一人ひとり違うはずやのに、なぜか家はどれも画一的な間取りだったりしますよね?私たちのリノベーションは、暮らしを既製品の住まいに当てはめるんじゃなくて、住まいを自分に合わせてつくるスタイルなんです」と語るのは、副社長の松下さん。 

とことん“人”を主役にしたそのやり方は、歴史のある建物を壊したり、供給者目線の住宅ばかりが流通していることへのアンチテーゼでもあった。だからこそ、完成した住まいにはどれも“その人らしさ”がたっぷりと散りばめられている。

これまでの歴史が詰まったリノベーションの事例を眺めながら、「こんなおもしろいことしてる会社、ほかにないで!」と笑う松下さんと「まだがんばらせてください」店長の谷口さん。

一見キレイなピカピカの建材よりも心地よくて長く使えるものを選んだり、大工さんが書いた昔の文字をあえて残してみたり。一時的で表面的な美しさではなく、暮らす人のこれからや、建物に残された歴史を尊重するのもアートアンドクラフト流。

「工業生産品に慣れると忘れがちですが、本当に重要なのは高性能で画期的なものや傷ひとつないことよりも、心地よく楽しく暮らせることのはず。たとえば無垢材フローリングは少しずつ隙間が開いてきますが、それも素材の特性でいいよね?と思いますし、経年変化も愛おしい。お客さまも、そうした“味”を楽しんでくださるおおらかな方が多いですね」

おおらかで、心地よく、普遍的。世の中が忘れかけているこんなキーワードこそ、アートアンドクラフトがもっとも大切にしているものなのだという。

一つひとつが味わい深い、個性豊かなリノベーション

築年不詳の大阪長屋を解体してみると増築による木造&鉄骨造の混構造があらわになり、建物の歴史を生かしたデザインに変更することになった事例や、マリーアントワネットに憧れて部屋中をピンクにしたというちょっと驚きのケース…などなど、リノベーションの数だけ、依頼主や建物の個性に寄り添うからこその「おもろい」エピソードがある。

「建物の個性と住み手の理想がドンピシャにマッチする瞬間がとてもうれしいのですが、なかでもこの家は、お互いが引き寄せ合うようにして出会ったと思います」というレアなケースが、1932年に建てられた、大阪最古のRC造集合住宅「トヨクニハウス」のリノベーションだ。

購入したのは、幼い頃からスイミングスクールの帰りにこの建物の前を通るたびに、その存在がずっと気になっていたという女性。「ここに住めるんやったら実家出るわ」と、家族にも公言したほどだったそう。

改装済み物件を内覧するもピンとこず、40年間空き部屋だった一室に一目惚れ。「この雰囲気を残して住みたい!」と、リノベーションに踏み切った。

壁には70年代のカレンダーがかかり、家具やおもちゃも残った状態だったそうだが、その女性にとってはそれこそが宝の山だったのだとか。残せるものは極力残し、新しい設備や造作は当時の面影を感じるデザインを提案するなど、80年前の想いを引き継ぐようなリノベーションが実現した。

割った竹で組んだ土台に藁を混ぜた土を塗り重ねた昔ながらの竹小舞の土壁、80年前の丸い飾り窓…など、建物の“らしさ”はそのままに、きっとこの先もこの部屋は住み手とともにイキイキと生き続けるはず。

建物が培ってきた歴史も「こんなふうに暮らしたい!」という想いも、まるごと受け止めた住空間。これこそアートアンドクラフトが提案する、均質化されていない住まいの形だ。

リノベーション現場からレスキュー捨てられるはずのものに第二の人生を

個性豊かなリノベーションを叶える一方で、現場には廃材や古い建具が行き場を失っていた。そこでアートアンドクラフトのオフィス&ショールームの一角に、それらを集めたスリフトショップを設けた。

謎の取手や襖の引き手、引き戸に照明などあらゆるものが目に留まる。思わず「どこからやってきたの?」と聞きたくなるようなアイテムばかりだが、どれもこれも誰かの暮らしを長く支え続けてきたものたちだ。

水道の蛇口やドアノブなども、リノベーションの解体現場で取り外されたもの。

「これは、簾戸(すど)という簾をはめ込んだ伝統的な建具。堺市の豪商のお屋敷にあったものなんですよ。昔の職人さんが一生懸命つくってくれたものに惹かれるんです。現場からレスキューするのはそういったものが多いですね。大量生産されたものって、どうしてもちょっと安っぽい雰囲気があったり、規格化されているので見た目も同じ。それに比べて、古いものは職人さんが一つひとつつくっているから不揃いだけどユニークですよね」と谷口さん。

奥が簾戸。風を通し強い光を遮る、日本の夏を心地よく過ごすための知恵が詰まった建具だ。

「そのまま“味”を愛でてもらうのも素敵やと思いますし、『なんかおもろいやん!』と、その存在をおもしろがりながら自由なアイディアで楽しんでもらえたら。本来の役目は終えたけど、また全然違った使い方をしてもらえるのがすごくうれしいんです。これ何に使うんやろ?というアイテムもたくさんあるんですが、古いミシンの台の部分をテーブルや洗面台にしたり、水道の蛇口に配線を通して電気にしたりとか、意外とみなさん柔軟に楽しんでくださっていますね」と松下さん。

フローリングの端材に絵を描いてアート作品にしてくれるお客さんもいるのだとか。「用途を変えながら、古いものたちに第二の人生を送らせてあげたいです」

長く現場でがんばり続けてきたものたちは「まだまだがんばれるよ!」と、うれしそうな表情をしているような気がする。

無駄が多い建築業界の課題を価値観とともに発信したい

リノベーションも、そこから派生した古物商も、その背景には建築業界の課題に対する揺るぎない想いを感じる。

「実はこの建築業界って、本当に無駄が多いんですよ。解体したものはもちろん、まだまだ使える建材も大量に廃棄されるし、使用する分より多く発注するために端材も大量に出てしまうんです」

松下さんはアートアンドクラフトのリノベーションをとおして、「唯一無二の価値があるものはおもしろい」と気づき、古いものが好きになっていったのだそう。

歴史を重ねたものの良さを残してつなぐリノベーション事業を行う一方で、身に染みるように感じていたという業界の課題。さらに、老朽化などで簡単に建物を壊しては建て続けたり、新築マンションであれば小さな傷一つで大きなクレームにもつながったりする日本の現状。それらに対して、小さな反旗をひるがえす。

「アートアンドクラフトが提案するリノベーションやスリフトショップをとおして、『古いものを残して使ってみたい』という感覚を大切に、愛着のある暮らしを楽しんでもらえたらうれしいです」

家のようにゆっくりくつろげて人が集まる場所にしたいと、街なかから少し離れた京町堀にオフィスを移転して14年ほど。近くに引っ越してきた外国人がリノベーションの相談に訪れたり、海外からの旅行客がスリフトショップの商品を手に取って、日本の文化を気軽に楽しんでくれることも多いのだとか。

長い時間を過ごす家だからこそ、もっと欲張りになっていいはず。自分らしい暮らしを叶えに、ぜひ足を運んでみてほしい。

プロフィール

アートアンドクラフトでは、リノベーション以外にも大阪らしい物件を扱う「大阪R不動産」や宿泊施設のプロデュース&運営も。大阪生まれの谷口さんは、リノベーションのコンサルタント・「大阪R不動産」のエージェントとして活躍。「まだがんばらせてください」SNS運営も担当。同じく大阪生まれ、スイスで暮らした経験も持つ松下さんは不動産デベロッパーを経て、2014年にアートアンドクラフトへ。自分らしい住まいづくりのコーディネートの手助けをしている。