古民家に、“新しいデザイン”をプラス。時代のエッジが効いた民泊

久田一男/9株式会社 代表取締役社長

築90年の古民家で育った久田さんは、ファッションデザイナーから大工へ転身した異色の経歴の持ち主。現在は「日本独自の美しさ」にこだわりながら、古民家をリノベーションする事業を数多く手がける。

「日本の伝統工法で建てられた家には、ほかにはない様式や雰囲気が詰まっている。その魅力を身近に感じて生きてきたからこそ、もっといろんな人に知ってもらいたいと思うんです」

誰かの真似をするだけでは、「本物の価値」は提供できない。そんな強い信念を貫く久田さんは、戦災、建て替えなどで残り少なくなった古民家や大阪長屋を守るため、民泊施設として生まれ変わらせる事業にも取り組んでいる。民泊に注目した理由、そしてこれからの活動について、幅広く聞いてみた。

日本独自の美しさを感じる“宝石”のような民泊施設“旅”とは、私たちを成長させるもの

新しさばかりを追い求める風潮の中、日本の伝統工法で建てられた「古民家」は消えつつある。そんな現状に大きな危機感を抱く久田さんは「ほこりを払うだけで美しい日本家屋に再び息を吹き込むことができることを多くの人が忘れてしまっている」と話す。

「外国人の建築家が『日本人は、なぜ宝石のような古民家を捨て、砂利を拾うように、数十年でなくなる家を建てるのか』と嘆いていたとおり、古民家は『宝石』のような価値があるもの。だからこそ、『民泊として活用する』というリノベーションの手段を通じて守っていきたいと思うんです。大人数で泊まれたり、一般のホテルとは違う体験も楽しんでいただけますしね」

本来ある美しさを守りながら、新しいデザインを加えていく。そこには「ほかの国の様式を真似したコピーじゃなく、日本でしか生みだせない唯一無二の空間をつくりたい」という強い思いがあった。

「古き良き日本の家のひとつである大阪長屋の民泊施設は、外国人観光客からの評価が特に高い。それは、『せっかく海外旅行に来たのだから、自分の国では味わえない雰囲気を感じたい』という方が多いからだと思います」

日本らしさが詰まった空間は、インバウンド観光客が戻る今後、さらなる注目を集めることだろう。

9別邸 大阪谷町「MAISON DE 9」の一室。神聖な雰囲気が漂う

墨色に塗られた大阪長屋で、“明暗”の美しさを表現

大阪長屋に限らず、日本家屋が秘める可能性を見いだし、今の時代にも愛されるような空間へ生まれ変わらせていく。そんな今までにない取り組みを続ける久田さんに、宿泊客にどんな魅力を感じてほしいか尋ねると「『明暗』の美しさ」と答えた。

「明暗は、暗い空間が明るさを際立てる『引き算の文化』から生まれるもの。たとえば、真っ暗な床の間に掛け軸を飾って、スポットライトを当てたら際立ちますよね。日本独特の美的センスが感じられて、本当に素晴らしいと思うし、外国人の方にも喜んでいただけるんじゃないかな」

さらに「部屋を墨色に塗ることで、明暗を突き詰めて表現したい」と、リノベーションへのこだわりについても教えてくれた。

墨色に塗られた壁。新品には出せない味があり愛着を感じられる

「日本家屋への冒涜と感じる人もいるので『ありえへん』と怒られることもあるけど・・・(苦笑)汚れも消えるし、デザインとしてもいいなと僕は思ってるんです」

新たに東心斎橋にオープンした「SAUN9NE(サウナイン)」も、その美しさを感じられる民泊施設のひとつ。久田さんのおすすめは、夜にサウナライトの光だけでサウナに入ることだそう。

「いろんな要素を取り払って無に近づけているから、物理的な空間を越えた広がりが生まれる。まるで宇宙にいるような感覚を体験できます」

日本に受け継がれる、独特の美的感覚を伝えたい。「墨色に塗る」という表現の原点は、久田さんの熱い思いにあった。

「墨色に塗る」という斬新なアイディアを熱く語る久田さん

ただ古いままでは、魅力的に感じられない

「ただ古いままの状態で残された建物を見ても、魅力は伝わってこない」と話す久田さん。築60年の家にサウナを取り入れてリノベーションしたSAUN9NEのように、「古いもの+新しいもの」という組み合わせを大切にしているのだと言う。

「SAUN9NE サウナイン大阪東心斎橋」の宇宙のような広がりを感じるサウナ

「時代のエッジを感じる要素を加えることで、はじめて感動を与えられるんじゃないかと思います。日本の古民家は、ヨーロッパの家屋に匹敵する美しさを十分備えてますから、ぜひ外国人の方にも見ていただきたいですね」

そして、「日本ならではの様式が残る家は貴重なので、できるだけそのままの形で残したい気持ちが大きい」と続ける。

「大阪長屋をつくる技術を持った人も、かつて大阪長屋を建てるのに使われていた大阪周辺の木材も、見つけるのはすでに難しい状況になっている。だからこそ、古き良き伝統を活かしながら、僕らが守っていかないといけないと思う」

歴史ある建物を、未来に受け継いでいくために。今を生きる人々に愛されるデザインとは何か、向き合い続ける。

現代では珍しい蹲(茶室に入る前に手や口を清める手水鉢)を活かしたシンク

枠からはみだしたアイディアで、街と文化を再生する

リノベーションの枠をはみだして、「街づくり」にも取り組む久田さん。いつか挑戦したいのは、山あいの集落の活性化だそう。

「僕が生まれ育った滋賀県永源寺にある一番奥の集落も、そのひとつ。自然がきれいだし、古い建物も残ってるので、何軒かまとめてサウナ付きの民泊施設にしたいんです。人気のある新しい要素を加えれば、『少し遠いけど行ってみようかな』と思ってくれるお客さまも増やせるんじゃないかと思ってます」

まず、世の中の注目度が高まっている新しい要素を取り入れる。たくさんの人を呼び込んだあと、カフェやクラフトビールの工場などを追加し、街の活気をさらに取り戻していく。そんな時代のニーズに合わせたプランを練る久田さんは、「その地域特有の魅力をどんどん引きだしていきたい」と話す。

「今あるものをブラッシュアップして、より良いものにしていくのは日本人の得意分野。僕自身も地域活性化に一緒に取り組むコミュニティやその土地の魅力をさらに見いだして、新しさをプラスしながら磨いていきたいです」

古き良き文化を現代風のエンターテイメントとして提供しながら、守っていく。その構想は、「観光業こそ、再生が必要な地方の街の生き残る道」という考えから生まれたものだった。

「ホスピタリティ、自然、伝統文化・・・。いろんな日本の強みをアピールできるのは、やっぱり『観光業』だと思います。かつての活気を失った街も、民泊施設を1軒や2軒だけでもつくれたら活性化できる可能性は十分あるはず。そういう場所は日本にいっぱいありますから、僕ができるリノベーションを活かしつつ力になりたいですね」

足を伸ばしても行きたくなるような、魅力的な街づくり。今を生きる人々の心を掴む取り組みは、集落の未来を明るく照らしてくれるはずだ。

未来に期待を馳せながら今後について語る久田さん

今守らないと、日本から消えてしまうもの

インバウンド観光客の再訪に向けて準備を進める中、これから必要になるのは「日本の文化を詳しく説明していくこと」と考える久田さん。今守らないと消えてしまうものが多いからこそ、新しいアプローチを積極的に考える必要があるのだと言う。

「家の中では靴を脱いだり、床の上に座ったり。僕たちにとっては当たり前の文化でも、外国人にとっては「なぜ?」と不思議に感じられるものかもしれない。それは、日本人が海外の家に突然放り込まれたら戸惑ってしまうのと同じだと思う」

一つひとつの疑問を解消していくことは、日本での旅に安心感をもたらすきっかけになる。そんな見解とともに「家の構造についても理由を説明しないといけない」と続けた。

「部屋を障子や薄いふすま1枚で仕切る構造は、平和な日本ならでは。分厚い壁を設置することが主流なヨーロッパの方にも安心して泊まっていただくためには、家に対する概念の違いをわかりやすく伝えるべきじゃないでしょうか」

「日本の家に泊まってみたい」という外国人観光客が多いからこそ、私たちの日常を丁寧に説明し、もっと楽しんでもらえるように工夫していく。客観的な視点から考えられた取り組みをとおして、「ただの古い家」と勘違いされがちな古民家への見方も、良い方向へ変わるはずだ。

「日本の美的センスが詰まった空間の素晴らしさを言葉にすれば、古民家はもちろん、『明暗』の魅力もより感じてもらえると思います。詳しく解説した動画をつくることもいいですし、世界に向けた発信方法を考えていきたいなと」

古民家をリノベーションした民泊施設から、日本の良さを実感してもらえるように。独自の美しさや様式を未来へ残すべく、新たなアイディアを日々考えている。

プロフィール

滋賀県永源寺にある築90年の古民家で育つ。大阪モード学園を卒業し、憧れだったファッションの仕事に就く。その後大工に転身しリノベーション事業をはじめ、400件以上ものプロジェクトを手がけてきた異色の経歴を持つ。2011年に9株式会社を設立。