“和菓子”を世界へ広めるために。古き良き日本文化を背負う、次世代の挑戦

岡本將嗣/株式会社福壽堂秀信 専務取締役

岡本さんは創業70年を越える和菓子屋「福壽堂秀信」の専務取締役で、次期社長としても期待される人物。生まれ育った街・なんばから世界へ和菓子を広めるべく、さまざまな取り組みに挑戦している。

「『健康でおいしい』という和菓子の本質的な魅力を、たくさんの方に知っていただきたいですね。アフターコロナに向けて、大好きなこの街も盛り上げていけたらと思っています」

一つひとつの発言に、日本文化の未来を担う強い覚悟が垣間見える岡本さん。

幅広い世代に受け入れられる和菓子とは、どんなものなのか。世界に目を向けたきっかけは何なのか。その熱い胸の内を探ってみた。

やっぱり、福壽堂秀信のあんこが一番おいしい

「福壽堂秀信」は、1948年に宗右衛門町で創業した老舗の和菓子屋。宗右衛門町は道頓堀川の北岸に位置するエリアで、当時は芸能や政治関係の要人たちが頻繁に訪れる、風情漂う街だったそう。

「格式高い店も多く、うちの和菓子は高級料亭のデザートとしてご用命いただいていました。淡い色合いが特徴的な『上生菓子』は、その時のやりとりをもとに生まれた商品。『もっさりしてるから、もうちょっとこうしいや』と熱意あるご指導を受け、芸術家の先生のご協力も仰ぎつつ開発されました。四季の移ろいを色や形で表現することで、繊細で美しい世界観を楽しめる商品に仕上げています」

そんなこだわりが詰まった、今もなお受け継がれる上生菓子。「あんこづくり」も、創業時から力を入れていることのひとつだと言う。

「福壽堂秀信」自慢の上生菓子

「工場勤務であんこづくりをしていた時期があるんですが、そこで体験した『できたてのあんこのおいしさ』にほんまに感動して。この味わいをもっといろんな人に届けるために、ものづくりの現場を一般開放する『ファクトリズム』という団体に2022年から所属しました。大阪万博もありますし、外国人の方にもものづくりの価値を伝えられたらうれしいです」

実体験から芽生えた「福壽堂秀信のあんこのおいしさを広めたい」という感情は、日々挑戦を続ける岡本さんの原動力になっている。

いろんな魅力を詰め込んだ、“天下の台所”らしい和菓子を

新しいことを拒まず受け入れ、活用していく。そんな過程を経て生まれた商品には、「大阪らしさ」が詰まっていると岡本さんは語る。

「いろんな『情報』や『もの』を柔軟に取り入れられるのは、かつて『天下の台所』と呼ばれていた大阪ならでは。料亭や芸術家の先生のお言葉をもとにつくられた、うちの上生菓子もそうですね。私自身も人との接点から得られる気づきを大切に、良いものはどんどん活かしていきたいです」

20年以上前に開発された「ふくふくふ」も、大阪らしい和菓子のひとつ。福壽堂秀信の一番のおすすめ商品で、「和洋折衷のオリジナル商品をつくろう」と20年以上前に開発されたのだそう。

「和と洋、それぞれのおいしさを盛り込んだ当店だけの商品。『福が途切れず訪れるように』という願いを込めて、『ふくふくふ』と名付けました。生地にあんこを練り込んで独特の食感と味わいに仕上げた、和のケーキのような商品です」

さらに、外国人観光客にも和菓子を楽しんでもらえるように「情報収集」を心がけていると語る。

「和菓子が世界でメジャーな食べ物ではない分、どうしたら親しみを持ってもらえるか日々模索中です。人気なのは、餅、果物、抹茶を使用した商品。産地のわかる商品だと外国人の方にも喜んでいただけると知って、夏には岡山県産の桃が入ったゼリーを販売しました」

幅広い層に愛される和菓子をつくるために。さまざまなニーズを汲み取りながら、商品開発に挑み続ける。

“健康でおいしいあんこ”を、もっと気軽に楽しんで

お茶のお供や贈答品の用途以外でも選ばれる和菓子をつくりたい。そんな思いから今年発売した「ANDO_(アンドゥー)」は、新感覚の「飲めるようかん」だ。

「フルマラソンを走ったタレントの神谷ゆう子さんから『マラソン大会であんこやようかんをたくさん見かけました!あんこが持久力の必要な運動に求められていますよ!』とお話いただいたことをきっかけに、『カーリング選手が試合の合間にようかんを食べている』というニュースなどを耳にする機会もあり、エネルギー補給にあんこが適していると知ったんです」

開発ストーリーを楽しそうに話す岡本さん

脂質が低いのに糖質はしっかりとれるあんこの魅力を、スポーツのジャンルへ活かしていく。「今までにない挑戦でおもしろそうやな」と、帝塚山学院大学の食物栄養学科の先生と運動部の学生にも協力を仰ぎながら開発に挑んだ。

「汗をかく運動時には有塩、塩分を別でとる場合には無塩がおすすめ。さらっと飲めるので、簡単にエネルギーを補給できます。健康を気にする方にも、洋菓子より手に取っていただきやすいんじゃないかな」

スポーツのジャンルをターゲットに開発された「ANDO_」。コロナ禍でキャンプブームの今、「キャンプ飯」として購入する人も増えているのだそう。

「『できたてのワッフルにトッピングするとおいしい』という声をいただきました。想定していなかった活用の仕方でしたが、楽しさが広がってええなと思ってます」

手軽に味わえる「ANDO_」は無塩と有塩の2種類から選べる

そんな新たなアプローチを仕掛ける岡本さんは今、若い世代の和菓子離れに大きな危機感を抱いている。

「お中元やお歳暮といった儀礼ギフトの文化が薄れていたり、SNS映えするお菓子が人気を集めていたり、時代の流れが変わってきていることを感じます。和菓子に馴染みがない方も増えてるので、親しみを持ってもらえるような機会を業界全体でつくっていかなあかんと思う」

問題解決のため、早くも行動を起こした福壽堂秀信。見た目が華やかな生菓子を扱った新ブランドを、2022年10月にオープンした。

「健康でおいしい和菓子におしゃれさをプラスすれば、もっとたくさんの方に手に取っていただけるはず。75年培ってきた技術、知見を活かしながら、新たな商品開発にどんどん挑戦していきたいです」

伝統あるものに新しい要素を加える、革新的な取り組み。老舗の看板を背負いながら、和菓子の未来を照らすアイディアを今日も考えている。

帝塚山本店。平日にも関わらず多くの人でにぎわう

老舗の和菓子屋が挑む、未知なる未来への取り組み

歴史ある和菓子屋・福壽堂秀信が、新しい取り組みに挑戦する理由。それは、「和菓子を世界に広めたい」という強い思いにある。

「自分たちの和菓子に誇りを持っているからこそ、おいしさを知ってほしいと思うんです。2025年の大阪万博の時には、外国の方にもうちの商品を手に取っていただけたらうれしいです」

さらにコロナ禍で厳しい経営状況に陥ったことで、今までにない販路を見つける必要性を感じるようになったとも話す。

「従業員の不安な気持ちに寄り添うため、福壽堂秀信の百貨店全店をしばらく閉めたんです。経営が苦しくなったことをきっかけに『将来、またパンデミックが起こる可能性も考えた商売にシフトチェンジしなくては』と思うようになりました」

後世にも和菓子を受け継いでいくために、いち早く未来を見据え行動する。その心構えが福壽堂秀信、そして業界全体の未来を変えていくはずだ。

一人ひとりのお客さまと真摯に向き合う

なんば、そして日本の文化の本質を伝えたい

アフターコロナに向けて、生まれ育った街・大阪をもっと活気づけたい。そんな岡本さんは、「同業他社でも協力し合うなど、ビジネスライクではないコミュニケーションで街を一緒に盛り上げる精神は大阪特有の文化」と話す。

「地元が大好きな人が多いからこそ、街のために手を取り合って前に進めるんやないでしょうか。企業の元気を取り戻すことができれば、街ももっと発展していくはずなので、まずは大阪の強みである『観光』に力を入れるべき。インバウンド観光客を受け入れる準備をしっかり整えていきたいですね」

これからの展望について尋ねると、「なんばの『ごちゃまぜ文化』と呼ばれる楽しい街並みはもちろん、福壽堂秀信として『和菓子』や『お茶』といった日本文化も広めたい」と答えた。

「たとえば、和カフェを開いて、道頓堀を眺めながら和菓子とお茶を楽しんでもらう。老舗のバーで出せるような『ワインに合う和菓子』を開発する。千利休が広めた『茶の湯文化』を『和のアフタヌーンティー』と題して、お茶と和菓子から人と人とがつながる時間を提供する。未来に期待を膨らませながら、いろんなアイディアを考えているところです」

安易に流行に迎合するのではなく、「日本のお菓子」が持つ本質的な素晴らしさをできるだけそのまま発信したい。岡本さんの熱い思いはきっと、世界中へ届くはずだ。

プロフィール

創業70年を越える和菓子屋「福壽堂秀信」の専務取締役で、次期社長。大学卒業後、他社で5年ほどサラリーマンを務めた経験を活かし、「飲めるようかん」の開発や、若者向けの新ブランドの設立など、時代の変化に合わせた戦略を考案。大阪・なんばの発展のための活動にも取り組んでいる。