新しいのに、懐かしい。そんな二面性こそ、なんばが愛される理由

千田忠司/⼤阪市商店会総連盟理事⻑

大阪市商店会総連盟 理事長。大阪活性化事業実行委員会 代表理事。千田硝子食器株式会社 代表取締役…数え切れないほどの肩書きを持つ、千田忠司さん。

「毎日毎日しんどいでぇ…ホンマに…!」

そんなことを言いながらも、この日も快くインタビューを受け入れてくれた。

この地で商売をはじめてから、すでに40年。70歳を過ぎた今でも、土日も関係なく大阪・なんばのために奔走をする。

いったい、千田さんを突き動かす原動力はなんなのか。どんな想いが、そこには眠っているのか。

なんばの移り変わりを目の当たりにしてきた千田さんに、大阪・なんばの魅力を聞いた。

商店街にある千田さんが代表を務める「千田硝子食器」の店内

「このままじゃ、あかん。ダメになる」 

今から約40年前。千田さんが商売をはじめた当時の「千日前道具屋筋商店街」の様子は、今とはまったく違った様相だった。

「朝、店開けたら、お客さんが並んどる。九州や四国の方たちが、夜行列車に乗って道具を買いにこられるからね。しかも、みんな現金や。昼過ぎにはレジが札束でいっぱいになってしもうてな。それが楽しくて、毎日頑張ることができたんよ。そんで、夕方にはもう飲みに行ってた記憶があるね」

当時、飲食店の経営に必要な道具を揃えられる商店街は極めて少なかった。だからこそ、連日のように西日本中の飲食店関係者が夜行バスや電車に乗って千日前道具屋筋商店街に詰めかけてきていたのだ。

「大盛況だったのなら、それでいいじゃないですか」そんなことをこちらから問いかけてみると、笑顔で一蹴されてしまった。

「商売っつうもんは、すぐに流れが変わりよる。繁盛なんて、あっという間や。そやから、“今のままじゃあかん”と。まず、自分とこの店から変えていこう、そう思ったんや」

その言葉どおり、千田さんは周囲の店に先立って日曜営業を開始。さらには、「顧客カード」を導入することでいち早く顧客管理をはじめ、一人ひとりのニーズに応えられる接客をしていた。まさに今でいうCRM(カスタマーリレーションマネジメント)を四半世紀以上前から導入していたことになる。

千田さんの「千田硝子食器」の店内には、ガラス製品のほかにも陶器製品までもがところ狭しと陳列されている。これも、「陶器も置いてほしい」というお客さまの声に応じて、当時から仕入れをはじめたことに由来しているらしい。

千日前道具屋筋商店街。「道」のロゴが入った提灯が印象的

そして千田さんは、この頃からすでに自分の店だけでなく「商店街全体の活性化」を見据えていた。

「(飲食店の人たちだけでなく)もっといろんな人に商店街に来てもらわんと、千日前道具屋筋商店街へ興味を持ってもらわんといかんと思って、日頃の謝恩セール・食・大抽選会など、『10月9日(どうぐの日)』に『道具屋筋まつり』を開催したんや。さらに、一般のお客さんが買いやすくするために、ダース、半ダース売りから1個単位に売り方も変えた。ほかにも、テレビの料理番組に厨房備品を提供したりして、業務道具の良さをPRしてったんや」

今や千日前道具屋筋商店街のシンボルとなっている『道』の看板も、来た人にとっての目印になるようにと、この頃にデザインしたものらしい。

「ここで商売はじめる前は、銀行に勤めておったからね。いろーんな商売のいい時と悪い時を、ずっと見てきてたんや」

千田さんの先見の明は、そんな経験からくるものなのかもしれない。

なんばへの熱い想いを語る千田さん

バブル崩壊で、すべてが一瞬で変わった

そんな大盛況だった道具屋筋商店街も、1990年初頭のバブル崩壊ですべてが変わった。図らずも、千田さんの危機感が現実のものとなったのである。

「商店街も、大阪の街全体も、やっぱりどん底になったわな。その後100円ショップとかディスカウントショップ、ホームセンターが増えて、日本で商売するのはもう無理や思うて」

しかし、厳しい状況の中で、千田さんはあるアイディアを思いつく。

「日本がだめなら、“世界”で戦うのはどうやろと。それで、東南アジアすべての国を回って市場を見た時、“観光”なら勝てるんやないか、とね」

世界に向けた、大きな挑戦。まず千田さんは、「街づくり、人づくり、物づくり」を柱とした文化の再構築で、街の雰囲気を変えるところからはじめたと言う。

「当時大阪は、“怖い”だの“がめつい”だの言われてたから、安心・安全・クリーンな街にするのが一番やらなあかんことやなと。地域のみなさんと、夜間の見回りとか、ごみ拾いとかやりだしてね」

千田さんは朗らかに語ってくれたが、ポジティブなイメージが浸透するまで、なんと6年近くかかったそうだ。「大阪ならではの文化を受け継ぎながら、新しい価値をプラスする必要がある」と、千田さんは続ける。

「やっぱり良い物を揃えるだけでは、お客さんは集まらんし、次の世代につながる商売できんよ。自分たちだけ儲かればいい、なんて考えてたらあかん」

「モノ」以外の価値を提供する「コト」消費に力を入れるのも、そんな思いが原点にある。実際、約20年前から全国の中学生に向けた、職業体験ならぬ「商売・文化体験」を実施しており、体験をきっかけに関西の大学を選ぶ人も増えた。

「大阪の“食・笑い・商い”には、いろんな人を元気にできる力があるんやと思う」

誰よりも大阪を愛し、大阪の価値に向き合い、行動する。そんな千田さんや、地域の人々の熱い思いが、今もなんばを支え続けている。

制作したパンフレット

15年も前から、ターゲットは「インバウンド」

インバウンドが盛んになる前から世界に目を向け、本格的に観光促進に取り組みはじめたのは約15年前。東南アジアの市場を回った経験を活かし、外国人観光客がどんなサービスを求めるか考え、まず “多言語対応”を取り入れた。

「言葉が通じ合わんことには、なんも始まらんからね。日本語、英語、韓国語、中国語の4か国語でパンフレットを発行したり、フェイスタッチミー(テレビ電話通訳システム)を導入したり、外国人スタッフを雇用したり、いろんなことをやったよ」

ほかにも、イスラム教徒の方に合わせたサービスを提供する「ムスリムフレンドリー」な取り組みを実施。日本ではまだあまり馴染みがない分、イスラム教について完璧に把握するのは難しいが、千田さんは前向きだ。

「まだまだ知らんことも多いけど、勉強しながら、自分らにできることをやる。それが大事やからね」

外国人の思いに寄り添いながら考えた、さまざまな取り組み。根底には、「大阪を楽しんでもらいたい」という強い思いがあった。

おすすめの観光スポットやストーリーが楽しめる音声ガイドサービス

どこからでも楽しめる、日本初の“VR商店街”を構想中

最近は、テクノロジーを活用したサービスにも力を入れ、多言語で楽しめる「ARを用いた街案内」も実施している。

「昔は人が街案内をしてはったけど、今風に形を変えて、スマホから提供したらええんちゃうかなと。音声ガイドで街案内を聞けたり、ARで昔と今のなんばの様子を見られたり。おすすめスポットも紹介してるよ」

千田さんもイチオシのこのサービスは、「SpotTour」というアプリからはじめられるそう。どこに行こうか迷っている方も、ぜひ使ってみてほしい。

千日前道具橋筋商店街をバーチャル化した「VR商店街」は、現在進行形で構想中の試みだ。

「千日前道具屋筋商店街は、食器、食品サンプル、たこ焼き器とかが売ってる場所。ネットショップと連携して、世界のどこからでも買い物を楽しめるようにしたいなと思うてね」

全国の商店街の中でバーチャル化に取り組んでいるのは、千日前道具屋筋商店街のみ。日本初を目標に掲げ、年内の完成を目指している。

笑顔で店前に立つ千田さん

大阪を、世界、そして未来へつないでいくために

大阪の魅力について、千田さんはこう語る。

「“新しさ”だけやなくて、“歴史と文化”も残っとるのが魅力とちゃうかな。時間が止まったような街並みとか、“食・笑い・商い”の文化とか、ほかにはないやろ?だから、外国人の方にも『大阪が好き』と言ってもらえるんやと思うよ」

これからの展望についても、教えてくれた。

「効率の良さ・安さやなくて、大阪でしか手に入らない“特別な価値”を大切に、未来でも愛される街づくりがしたいなと」

ふるさとのような温かさを感じられる街・大阪を、もっと世界に広めるために。この街だからこそできる「新しい観光」とは何か、千田さんは今日も考えている。

プロフィール

和歌山県出身。結婚を機に、千田硝子食器(株)の2代目として大阪・なんばへ。 数々の要職を務めながら、商店街、地域の人々をまとめる。社会の流れに常に目を向け、「街づくり・人づくり・物づくり」を3本柱に、新たな取り組みにも積極的に挑戦している。